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冬コミ出ます。

今更ですが、コミケ出ます。3日目東Q58b。2年前に売った写真集と、ステッカーの再版です。

反省会会場はここです。

『怪物はささやく』を読んでの感想

今時の中学生はこんな面白い小説を読んで感想文が書けるんですよ。羨ましいですね。

物語はこの世の何より凶暴な生き物だ。(怪物の声がとどろく。)物語は追いかけ、噛みつき、狩りをする。
怪物はささやく

物語とは油断のならない生き物だ。(怪物が続けた。)物語を野に放してみろ。どこでどんなふうに暴れ回るか、わかったものではない。
怪物はささやく

ぼくにはまだ、あなたに言い残していることがたくさんある。この僕を物語として、物語を通じて生み出したのはあなただ。今ぼくは、物質化した情報としてここにある。ぼくが今こうして存在するのは、あなたのおかげだ。
屍者の帝国

だいぶ前に『ココロコネクト』なるアニメを少し観たのだが、奇しくもすべて物語についてである。

もともとこの感想文のネタを探していた時には、『ココロコネクト』で日本のアニメ産業の限界を感じた際の、ある種の諦念と怒りを鎮めるために、”物語の強度”をめぐる消費者と制作者の壁について書こうと思っていた。あれは割と酷い作品だと僕は思っていて、物語の設定だけで、それを物語としてしまおうとして、失敗している。設定以外に何もなく、そこには物語を語る者も、物語られるべき物語も存在しない。問題は主題、いや正確には主格の不在であって、物語の強度ではない。今から書くことは”圧倒的主格の不足”についてである。

物語は、それが物語られ制作される時にその主格を得る。その主格は物語からは見えない。それはいいとして、問題は、その主格が存在しなくても、コンテンツは成立してしまうように見え、低コストでオタクを釣れると思われていることである。僕の憤りと悲観はそこにある。僕にとって物語は、その物語の主格を示す記号であって欲しいからだ。さらに問題なのは、その風潮がなんとなく今の世相とよくマッチしていることである。さらにさらに問題なのは、それで消費できればそれでよくなってしまったことである。そして最後にもはや爆発して欲しいのは、それをソーシャルうんたらとかオープンなうんたら とかいって、かっこつけてしまう、貴方の近くにいるような、そういう人である。

『PSYCHO-PASS』で執行官のおっさんも言ってたけど、集合知は現象であって、それはインターネットというインフラとはあまり関係が無い。それを育むような土壌でもない。そういうことにしたい人たちはいっぱいいる。今の所の僕たちが好きな集合知・複雑さというのは、そこに主格がある上での、”何かやっている感”というだけで、そこで意識を高くして「俺はこういうことを言いてぇ!してぇ!」と言っても、もはやイタいだけです。現象に名前を付けて物語とし、それを金で買った労働力で生産し、金で買われた労働力がそれを消費するというのでは、資本主義の大勝利というもので、これは酷い。

豊田徹也『ゴーグル』を読んで思ったのだが、伏線は物語の強度とは関係がなく、伏線が強化されることは、主格をあいまいにしてしまう。群像劇は、ただ主人公が多いだけでは、ただの主人公が多い劇であるだけだ。ありていにいえば、何かごちゃごちゃしているがその中にこんな伏線が!的なものであるというだけだ。エロかグロでも入れなきゃ興ざめだ。伏線と謎が評価された時代がまだ続いているとは思わないが、水は低いところに流れる。

まぁあれですよ、物語は死んだ、っていう、そういうことです。大きな物語はとっくに死んで久しく、我々ポスト・キレる子供たちは、それに飢えている。頑張るったって何に頑張ればいいのよ?

物語が今後生き残るとしたら、それは物語の主格が膨大に生まれ、それが集合し、その集合に何の主格も無く、それでもその集合が別の現象を生み出すことぐらいじゃないでしょうか。それが生命だと面白いわけですが、このネタは『屍者の帝国』でやられてしまいました。でも生命も、主格が存在しないと生まれない気もするけど、僕が生命体である以上、その主格は見えないのです。

信仰や信念をもつということが、なぜ不寛容という態度と結びつかねばならないのか、また文化とか自由な人間性のような寛容な立場が、なぜ人間自身に最後の安心を与えないで、宗教的または疑似宗教的に不寛容な信へ移らざるを得ないのか。絶対的な信が絶対的な寛容と結びつくということは全く出来ない相談なのか。
宗教と非宗教の間 (岩波現代文庫―学術)

僕も社会人なので、見えない敵と戦うよりかは五体を投地した方が賢いと思うようにしています。

はてなブログへ移行中

はてなブログに書こうと思う。
記事のインポートとかしたいし、右側にブクログの本棚とか置きたい。
が、まだβなので待つことにする。

コミックマーケット81に参加した宣伝と、あるいはその感想

"京都大学熊野寮"というサークル名で参加してきました。

出した物は熊野寮写真集(500円)とゲバ文字ステッカー・マグネット(100~500円)です。

その様子。

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熊野寮写真集はその名の通りの物です。A4フルカラー36ページという威圧感ある同人誌です。誤植があったり黒カラーが統一されてなかったり英語が意味不明だったり日本語が豆腐だったりと内容の完成度の低さは否めませんが、外見はかなり"まとも"な出来となっております。所謂"雰囲気本"ってな奴です。

ゲバ文字ステッカーは、これもまたその名の通りの物です。ゲバ文字を書ける人材も熊野寮内でも現在1人。ロストテクノロジーになる前に残そうという動機で作成しました。タイポグラフィーとして興味を持った方もいらっしゃって、何枚か買ってくれました。ありがたきや。しかしものすごい威圧感だ。

ところで、このサークルまるで公式のようですが、実は非公式です。いちいちこんなこと言わないといけないのは政治が悪いのです。ただ、この程度の政治で済んだことは喜ばしいことで、とある人の政治力の高さに依るものです。多謝。

開幕30分で2冊売れたぜフォフォーイマルフォーイ、と思ったら、その後も怒濤のように売れ、13:30頃に完売しました。40冊刷って、事前に身内へ3冊売り、当日隣合ったサークルに1冊ずつあげて、最後の1冊を見本にとっておいたので、計34冊を3時間で完売するという、初参加にしては出来過ぎな結果でした。

感謝です。

完売後は、「あとでこのメールアドレスに連絡を頂ければ送付します…。ほんまにすんません…。」というあり得ない方向性で売り始めたにもかかわらず、さらに4冊受注しました。増刷確定です。作った本人達の分も、後で身内に配る分も無くなりました。

コミックマーケットというものは祝祭空間だと思っていたのですが、それは企業ブースと一部の壁際サークル群だけの話なのではないか、と思いました。島々ではやはり隣同士のサークルで無駄話をしたり、参加登録のしかたを教えてもらったり(感謝々々)、値札シールもらったり(もはや申し訳ないとしか)、本を交換したりと、交流が盛んです。本来はそういうものだった、昔は良かったという話は聞き飽きました。だから何だ、と言いたい。ちゃんと、彼らの言う"昔"は残っているじゃないか。残っていることに自信が無いのか。まさか、残っていないとでも言うつもりか。罪を原罪のようにばらまくのは良くない。僕らも何年か前には「お客様気分」だったと思う。でも今は参加する側に立った。サークルチケットの転売価格が維持されているうちが華でしょう。勝手にさせておけばよろしい。誰も困らない。それで困るのは罪の宣伝をする誰かだ。それはもしかしたら、運営側にもいるかもしれない。

コミュ障こじらせて、もはや僕はコミュ障ではないんじゃないかと思い始めた僕ですが、隣のサークルの人たちはとても親切で交流できて良かったです。楽しかった。作って売るのも結構楽しい。お前らもやってみろ。色々と捗るぞ。

自分で本を作って分かったのだが、利益率はかなり低く、かつ対労力コスパが悪く、つまり本は高い。ハードカバー単行本って普通1200円ぐらいだと思いますが、あれでも結構頑張ってる値段だと思う。実際はちょっと高いなぁと思ってしまうが、あれ以上下げると、たぶん流通過程上の誰かがしわ寄せを食らう。ちなみに僕は、今回の経験で、若干印刷屋さんの肩を持ち気味になりました。彼らは厳しい条件でとても良い仕事をしてくれる。書籍の流通を支えているのは彼らなのではないか。

次はゲームを作るという案が浮上中。

ちなみに多めに増刷するので興味の出たかたは連絡下さい。何とかします。

無知と外部化の善悪

大学のとある授業で上村松園展を観に行くということになった。そういえばこの展覧会に関しては京阪のつり革広告で見たことあった。父からも勧められていた。行けば単位になるし一石二鳥なわけだ。素晴らしい大学である。


しかしもちろん感想をレポートとして提出せねばならない。最初聞いた時には、上村松園の絵に描かれた人物から読み取れる情念とは情報学的に何なのかを述べよ、という課題だと思っていた。のだが、実は上村松園の絵をカルチュラル・コンピューティングで何か面白いことをせよ、というのが本来の課題であったらしい。いずれにしても、前者を何とか言語化しないことには、後者はできない。そういう思考過程で考えよ、ということだと判断した。


というわけで、上村松園の絵に描かれた人物から読み取れる情念とは情報学的に何なのか、という問題にどう答えるかと考えていたのだが、考えても思いつかない。そこで、画集の説明文を一通り読んでみる。すると、そこにほとんど答えが書いてあることが分かった。僕がさらに論じることは無いのではなかろうか。単に上村松園に関する本を読んでそれをまとめればよい。それ以上の論を求めるのならば、僕には芸術論の素地が足りない。


そもそも、日本画を見る機会がほとんど無かった気がしてくる。歴史の教科書に出てこないような最近の日本画家で、好きだと言えるような作家は松井冬子安倍吉俊の二人ぐらいなものであり、あまりに知識が無い。にもかかわらず日本画を見てそれについて書かねばならないとなれば、これは大変である。松井冬子安倍吉俊の作品に関してはいろいろ書きたいことはあるけれど、なかなか言語化するのが難しいと思っていたら、いろいろ評論が出そろってしまった。後の祭りであり、餅は餅屋である。


こう言ってしまうのもアレだが、上村松園の絵を見てそこから情念を感じるかどうかが、正直なところ、そもそも疑問である。顔に表情が無いし松園が何を伝えたかったのかよく分からない。松園の思想が絵から読み取れない。


画集の説明を一通り読んでみると、松園が悩みながら絵を描き試行錯誤を繰り返したことが分かる。僕らは、描いた物や人物の情念や感情を鑑賞者に伝えようと制作者が苦心することは、意外な程当たり前のことだと思っている。これが情念の存在に疑問を生じる原因だろうと思う。しかし松園の時代にはそれ自体が新しい試みだったのかもしれない。だとするなら、松園の悩んだことやその時代を考慮しないことには松園の作品について正しい判断も、自分なりの何かを得ることもできない。


情念とか思考とかがあるとか強いとか、そういう意味では松井冬子の絵は強烈である。『世界中の子と友達になれる』という絵からは強い欺瞞が読み取れる。というか、欺瞞しか無い。こういう絵なら情念や思考は読み取れるのだが、こと松園の絵から読み取ろうとするならば、これは難しい。ただ、人物の表情と人体(特に指)の描写は二人ともよく似ている。構図や装置は、松園は古典芸能の型通りであり、松井冬子はそれをもっと複雑にしている。松園って能か何かを参考にしたんじゃねーの?と思ったら、やはり能や謡曲を嗜んだという。全くそのまま作品に適用しているように見える。


古典芸能の場合、美しい花があるわけで、花の美しさがあるわけではない。(という説を援用することにする。)松園は情念を見てすぐにわかる形で表現することを好まなかったわけだから、顔だけ見て情念や感情が分かる訳がない。それを分かるには、抽象的な「文化的な何か」を信じるか、型のデータベースを強固にするかである。どちらも悪ではないが、どちらにせよこれらへの世界の敷居は今後上がるばかりである。


ならば視点を変えて、描かれた人物の表情をもっとわかりやすいものに変換するようなことをすれば面白いかもしれない。入力された顔を、言語化した感情の表現に応じた表情に変える、という技術はあり、可能である。いろんな感情表現を模した表情に変化させ、結果に違和感のあるものや違和感の無いものを比べたりできたら、僕のような現代っ子がいかに古典芸能の型の知識が無いかが露呈して面白そうである。

PSIPredをプロファイルして灯台の下を照らす困難なお仕事

PSIPred をビルドするよ!


生物学者でも研究室内で簡単に使用できるシーケンス検索アルゴリズムなんだぜというのが売りなのだが、こんなものが実際にビルドできる生物学者がいるとは思えない。そこで情報学科卒の出番がやってきた!configure -> make -> make install の流れは既知としようと思う。そいつぁすげぇや!


今回はプロファイルを取るというのが最終的な目標であります。プロファイルというのは、実行時にどの関数がどの位呼び出されてその実行にどの位の時間がかかりそれが全体の何%を占めるのか、という分析結果を見ることです。http://nenya.cis.ibaraki.ac.jp/TIPS/gprof.html とか見ながらやりました。プロファイルを知ったのは最近で、プログラミング作法を読み返していたら見つけた。

間隔をおいた木々の列が地平線を背にしてシルエットを浮かび上がらせていることもあれば、クローバーの荒地の上に熱い真昼がじっとたちこめていることもあり、霞む紺碧の空の遥かむこうに描き込まれたクロード・ロラン風の雲は、吸い込まれていくような無色の背景で積雲の部分だけを目立たせている。


Vladimir Vladimirovich Nabokov "Lolita" (若島正 訳)

というわけで、プロファイルを取ることで無駄な最適化を防ぐことができます。


PSIPred は、その筋では有名なアルゴリズムなのです。が、何せニッチな需要なだけに日本語情報がほとんど無い。PSIPred の動きは割と楽なんだけど、PSI-BLAST の方は論文も結構難しい。いつかエントリー書けたらいいなぁ、というか、書ける程度には詳しくならないとまずいなぁ(ホジホジ


さて、 PSIPred は内部で PSI-BLAST というツールを使っています。なので、まず PSI-BLAST をビルドせねばならないです。


情報のソースは ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/executables/blast+/2.2.24/user_manual.pdf

【PSI-BLAST】1. ソースを取ってくる

ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/executables/blast+/[version]/ncbi-blast-[version]+-src.tar.gz


間違っても blast 以下を全部ごそっととか取らないように。特に blast/db は巨大なので注意。一番新しい奴を落とせば良いような気がする。 blast+/LATEST というリンクが最新版に張られているはず。 zip もあるので zip が好きな人はそっちでも大丈夫。落としたら解凍。

【PSI-BLAST】2. ./configure

[src-dir]/c++/ の中に configure があるので configure します。 configure すると makefile ができます。が、その前にまず ./configure --help をします。というのも、今回はプロファイルを取るという重要な使命があるため、ビルドオプションを選ばないといけないからです。コンパイル時に -pg オプションを付けないといけません。


./configure --help を見るといろいろオプションがあるんですが、今回大事なのは --with-profiling オプションです。これを付けるとプロファイリング用にビルドされます。ソースをチラ見すると、中では -pg を付けているだけなので、最適化オプションを付けてはいけません。つまり、 --without-debug を付けてはいけないし、付ける場合は --without-optimization も付けないといけません。

$ ./configure --with-profiling

ってな感じになるかしら。

【PSI-BLAST】3. make, and make install

configure で致命的なエラーが出ているなら解決しましょう。たぶんライブラリが足りないとか、そんなエラーかなのではないかと。gcc のバージョンを上げないといけない可能性もある。


ビルドには結構時間かかるので注意。僕の PC では2、30分かかった気がする。

【PSI-BLAST】4. データベースの構築

データベースは ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/db にあります。


PSI-BLAST はデータベースから与えられたクエリ配列に似た配列を見つけるアルゴリズムです。なので検索先のデータベースが必要です。が、ローカルに全部入れるのは趣味人以外はあまり意味が無いと思う。今回はアルゴリズムのボトルネックを確認するのが目的なので、何か手頃なデータベースが一つあればOK。中身は良く分からないので、サイズで選ぶと ftp://ftp.ncbi.nlm.nih.gov/blast/db/pataa.tar.gz あたりが手頃な気がするのでダウンロード。


どこでもいいので、落として解凍しておく。複数のデータベースを落とす場合はデータベースごとにフォルダに分けておくと吉。


以上で PSI-BLAST のビルドは終わりです。


PSI-BLAST 自体の使い方はよく知りません。たぶんすごくいろいろオプションがあります。 -help としてみたけど、やっぱりいろいろあった。でも論文を読む限り、基本はデフォルト値で使うのが良いんじゃないかなぁと思う。データベース、繰り返し回数、 E-Value の指定で良さそう。


続いてPSIPredのビルド作業。

【PSIPred】1. ソースを落とす

場所は http://bioinfadmin.cs.ucl.ac.uk/downloads/psipred/

【PSIPred】2. makefileを編集する

-pg オプションを付けないといけません。CFLAGS = -pg と書き加えます。

【PSIPred】3. make, and make install

../bin にインストールされます。


これで PSIPred もビルドできた!


ちなみに、 PSI-BLAST を含む BLAST パッケージは最近まとめ直しが行われて BLAST+ というパッケージに編成を変えたみたいです。と BLAST+ フォルダの README か何かに書いてありました。で、プログラム名なども少し変わったので、 PSIPred も BLAST+ 向けのが用意されています。それが BLAST+ ディレクトリに入っている実行ファイルです。実行ファイルと言っても、実行権限が付いた tcsh スクリプトです。実際に PSIPred を使う時は、この実行ファイルを編集してそれを実行するのが手っ取り早いと思います。

# The name of the BLAST+ data bank
set dbname = pataa/pataa

この部分を先にダウンロードして展開したデータベースを指定します。なお、この実行スクリプトはカレントディレクトリが BLAST+ であることを前提にして書かれているので注意しましょう。


ちなみに fedora のログインシェルは bash なので、僕の場合は tcsh を追加でインストールしないといけませんでした。似た境遇の人は適当に

# yum install tcsh

とかすれば tcsh が入るので、シェル入れてから実行してください。


実行は

$ ./runpsipredplus example.fasta

結果

で、プロファイルの結果ですが、実は PSIPred 自体は十分に早いということが分かりました。というのも、PSIPred を実行してみると PSI-BLAST の部分で時間がかかり、実際に PSIPred が走っている時間はほとんど1秒に満たない。ということは、次なる問題は PSI-BLAST のどの部分が最も時間を食っているのかということです。


そこで、先ほどの実行ファイル runpsipredplus の中身を読むと、実際に PSI-BLAST を呼び出している部分があります。

$ncbidir/psiblast -db $dbname
-query $tmproot.fasta
-inclusion_ethresh 0.001
-out_pssm $tmproot.chk
-num_iterations 3
-num_alignments 0 >& $tmproot.blast

つまり、これの $dbname と $tmproot を適度に置き換えて端末で実際に実行すればプロファイルが取れるというわけです。検索クエリの例として example.fasta が用意されているので、テストクエリはそれを使えばOKと思われます。実際は、

$ psiblast -db pataa
-query example.fasta
-inclusion_ethresh 0.001
-out_pssm example.chk
-num_iterations 3
-num_alignments 0 >& example.blast

こんな感じになるかと。

$ gprof gsiblast gmon.out > gmon.log

とすると、gmon.logに結果がリダイレクトされます。


で、プロファイルの結果が


f:id:makisyu:20101102235457p:image


つまり、というかやはり、ダブルヒットの発見とギャップ付きアライメントの作成で全実行時間の70%を占めているようです。他にもデータベースからシーケンスを取ってくる部分で20%ほど喰っているのでそこも気になるところです。後者はソースを見てみないとよく分からないけど、前者は「うん。まぁそうだよね。」という結果ですな。まぁそれでも確かめることができてよかった。


ちなみに、プロファイルの可視化には gprof2dot というのを使いました。これ便利ー。思ったより綺麗に出力してくれて素敵。重い部分は色が変わる辺りとか泣ける。d:id:ousttrue:20091017 とかが参考になりました。


さて、このアルゴリズム。いかに高速化すべきか。という研究を院で日々しているのです。そもそも PSIPred が BLAST を3回も回すからダメとか、ダブルヒットサーチが遅すぎるとか、あの GetSequence の20%は何なのかとか、ニューラルネットってもっと研究されてるし改善できるんじゃねとか、そんな感じです。


たまにはコンピュータネタで書いてみた。次は普通の話題で書きたいなぁ…。

mottainai

映画を見たりしたので、そのことなど。

映画を見た

ゴスロリ処刑人』という映画を見ました。ググれば出てきます。わざわざ大阪まで行って、第七芸術劇場というちっさい映画館で見てきました。雰囲気はなかなか良かったです。結構アレな映画とかもたまにやるらしいので、中二病こじらせた大学生なんかが好きそうな感じですね!ココン烏丸の上にある映画館とか割と好きなんですよね。でもね、中学生特有の第二次性長期のあのなんかアレな感じ、大人になっても大事にしたいな、とかね、思うわけですよ!



んー、第七藝術劇場というつづりだったかもしれん。



どんな映画なんですかって言われると、これはいわゆるスプラッターものというやつです。血や内臓が湯水のように出てきます。どっばーぶっしゅーぐっしゃーって感じです。聞いただけで嫌になる人は見ない方が良いでしょう。そんな感じなんだけど、ゴスロリ服着た秋山莉奈が主人公っていうね、何かそんな映画ですよ。



じゃあ何で見たのかっていうと、そういえば最近グロいもの見てないなぁと思ったというのと、ゴスロリという名前に惹かれたからです。スプラッターなんて前見たのは『ステイシー』だった記憶があるぐらいです。あれも再放送だったような気もするので、だいぶ前の映画なのではないかと。



関係ありそうであんまり無い話なんだけど、僕、Peace Nowの服が好きなんですよ。もちろん僕は着ないんですけどね。京都にもあるんですが、店の入ってるビルの前に出ている服が、かわいすぎて死ねる。でも大丈夫。たまにハズレもある。特に夏は酷い。やはり女子は冬服に限るな!ぶっひゃぁ!京都にはmilkもあるんだぜ!Naotoはつぶれたけどな!そいつぁすげぇや!



さて、映画の感想ですが。残念なことに、無いです。何でだろう…感想が思いつかない…阪急の中でがんばって考えたのに…なぜか発生した頭痛にも耐えて頑張ったのに…。ゴスロリって銘打つ映像は、大抵の場合、薄っぺらい布でできたやっすいゴスロリっぽい何かを着ている場合が多いのですが、この映画ではその辺はちゃんとしてました。割合しっかりした服だったように思います。デザインに関しても、妙な胡散臭さは無くかわいかったです。静止画で見るとちょっとイメージと違うかなぁと思った秋山莉奈ですが、動画になったら結構かわいくて、その点も安心しました。映画の内容は、情状酌量の余地がありそうな悪役も全力でぐっちゃりとぶっ殺すので、それはそれで良いのではないかと。



ベルギーで起こった赤い津波事件のアレって、すごい血っぽいよね。何のホラーだよ、って感じです。あれ大丈夫なのかね…。



そして、まさかの悪魔落ち。あの映画、僕はまさか悪魔落ちだとは思いませんでした。

携帯を解約した

ちょっと前にiPhoneに切り替えまして、でもインターンの関係ですぐにドコモを解約するわけにもいかず、しばらくドコモと両方持っていたんですが、先日ドコモを解約しました。適切なアップデートインフラとメールインフラが構築され次第、ドコモに戻ってAndroidする予定ですが、まだその時期ではないでしょう。



携帯の解約といえば、そう、違約金です。別に違約金を払うことは覚悟していたし、違約金というシステム自体への文句も言う気は無い。まぁ一万くらいは払う気でドコモ屋に行きました。違約金知らないとか、多少は契約読みなさいよ(キリッ 説明されたでしょ(キリリッ



店員「違約金は3150円になります。」
僕「えっ」
店員「一年割引適用中なので、今月解約だと違約金掛かっちゃうんですよ。」
僕「えぇ…。それは知ってますけど…。意外と安かったので…。」
プリントした書類を見せつつ
店員「違約金と、今日までの日割りの料金が、ここに書いてある通りに…やはり違約金掛かっちゃうんでs…あれ?表示されてないですね…」
僕「?」
店員「あれ。ちょっと待ってくださいね…。」
僕「はぁ…。」
店員「あー。」
僕「?」
店員「五年以上同じ携帯をお使いだったので、違約金は掛からないですね。すみません。」
僕「えっ」
店員「五年使うと、違約金が掛かりませんね。すみません。」
僕「えっ」
店員「ええ。」
僕「えっ」
店員「はいw」
僕「えっ」
店員「なので、日割りの料金だけですね。来月の請求になります。」
僕「えっ」
店員「ええ。」
僕「えっ」



えっ。