はてなのインターンに行ってきた日記

を、今更ながら書く。

インターン終わってからはや数週間が経とうとしている。にもかかわらず、なぜ今更書くのか。実は、インターン終わってから帰省したり大学の課題やってたりその他いろいろあって、結構忙しかったのですよ。しかも文章書くのって結構時間かかるじゃないですか。まとまった時間がとれなくってさぁ。まぁ書いてみたら書いてみたで、結構早く書けちゃったりするんだけど。日本語の母語話者だし。

それと、書く内容がいまいちピンと来なかったので書きあぐねていた、ということもある。最初の一週間はほんとに忙しくて書けなかったのだが、それ以降に日記を書こうと思ったら、きっと書けた。でもさ、一週間も経つと、もう他のインターンの日記がかかれまくってるわけですよ。で、問題はその日記のすばらしさにあるわけです。つまり、僕が今更何を書けというのか。すべてが二番煎じじゃないか。だって、普通におもしろく読んじゃったんだもん。俺、当事者なのに。

もちろん書くこと自体に意味があることは知っている。書くことではてなのスタッフに感謝の念を伝えることができることも知っているし、だからこそ今更ながら書こうとしている。ただ、インターンの内容に関してまた僕が書いたら、きっと他の人たちの劣化コピーになるだけだ。しかも、それでは僕の思考が日記に表れない。インターンでやったことを列挙するよりは、インターンに行って思ったことに重点を置き、感想を考察し、それを文字に落とすほうが、きっと良い。どうせ遅ればせながらで書くのだから、がっつり屁理屈並べたほうが、むしろはてなスタッフに僕の感謝の念が伝わるのではないか?えちがうんですかわかりません><

とかいろいろ考えたりしていたら、mixiのインターンに行く日になってしまった。ところが、このmixiのインターンに行ったことで、この日記に書くネタが固まることになった。書く内容は帰りの深夜バスでまとまった。文字は京阪乗りながら考えた。

はてなのインターンに行った人はたくさんいる。mixiのインターンに行ったひとは、きっともっとたくさんいるだろう。だが、その両方に行った人は、きっと少ないに違いない。そうだこれだ!これで書こう!

はてなのインターンに行くにはどの程度のスキルが必要で、実際に何をやり、それにはどの程度の労力が必要なのか、といったことは、是非他のインターン生の日記を参照するのが良いと思う。僕よりかは断然きれいにまとまっているし、遥かに読みやすいし、写真まで載っています。プロのブロガーみたいです。はてな記法もろくに知らない僕には不可能です><とか言いたくなります。

とまぁそんな感じで、今更ながらのインターン日記になったのである。

mixiにあってはてなには無いものがあって、それは研究開発部門。はてなはmixiの研究開発部門と営業担当と広報と総務を抜き出したような会社だった。というか、基本的にはてなの組織はプロジェクトごとになっている。そのため、Webサービスに関する技術的知識はそれぞれみんな一通り出来るし、出来ないといけないし、できないなら勉強しなくてはならない。基本的には全部出来ることが望ましい、たぶん。はてなにあってmixiに無いものもあって、それは需要分析の多様性。サービス開発部門みたいなものがはてなには無いので、みんなが新しいサービスを出せるし、みんなが考えないと考える人がいない。

他にもmixiには多くの部門があって、それぞれ分業している。はてなにも部門や地位はいろいろあるのだけれど、分業というほど分業はされていない印象があった。営業とエンジニアと広報と総務の4つぐらいかしら。そのぐらい大雑把な分業と思う。

世間ではGoogleの功罪なのかは知らないが、はてなのような会社が脚光を浴びている。エンジニアならば、一度はそういう環境に居てみたいと思うだろう。もちろん僕も全力で新卒脳してはてなに応募し、運良く通ってしまった一人である。

だが、ここに至って、一度冷静にならねばなるまい。僕が二つのインターンに行って得たものは、ここで冷静になる指向である。

はてなも大きくなって、いつかは分業色の強い社風になるかもしれない。mixiも巨大化の果てにプロジェクトの集合になるかもしれない。システムという概念が、部分は全体の縮図であるという原理に基づく限り、どっちがいいとは言い切れない。そしてまた、その原理に基づく限り、そのシステム形態の未来も不明瞭である。社会とその構成員は共依存なのだから。このとき真に恐ろしいのは、その社会にいる限り、その社会が何なのかを知るのはとても難しいということなのだけれど、それはまぁいいや。

有り体に言えば、好き嫌いがありますよ、たぶん、ということ。これは組織の技術力とその責任が、組織のサブセットに属するか、その構成員にまで落ちてから属するか、の好き嫌いという意味ではない。自らが持つシステムが、とある上部のシステム内にサブとして組み込まれたとき、とある設定された空間(人間関係や環境、個人)の中で幸福を得られるか。これは、流行り廃りとは別に、強度に熟慮されるべきだと思う。

さらに、この個人の好き嫌いだけでは解決されない共通の問題もある。Webサービスの醍醐味は、自分の作ったシステムがまさに不特定多数のユーザに使用されることである。だが、実際に自分が作りたいものを作れることはほとんど無いのではないか。使われるか否かよりも前に、作ることもできないのでは?大抵の場合、自分の案は採用されないだろう。自分が思うそのサービスの必要性も、どれほど書類とパワポを駆使しても、大抵は理解されない。その社会にいる限り、その社会が何なのかを知るのはとても難しい。

とは言いつつ、それでも何か作りたいし公開したいというのが本音っす。だって楽しいじゃん。はてな楽しかったもん。

となると、エンジニアに真に必要なのは政治力(キリッ とか、エンジニアはコミュ力だろ(キリリッ とか言う議論になる。でも、そーゆー話は何か癪に触る。え?じゃあどうしたらいいのさ…。と思う。思っている。その結論は出ないまま、今日記をここまで書いてきた。

企業というシステムが、一般にシステムから区別される特徴の一つとして、企業はアウトプットを必要とする点があると思う。法的にも、社会貢献しないといけないんじゃなかったっけ、企業って。これは資本主義やらんーたら主義とかいうのに関係が無い。主義によっては、企業という名前を否定することが予想されるが、まぁ細けぇこたぁいいんだよ。

とすると、いーもん趣味グラムでもいーもんきっと需要に合えばヒットするもんアフィでがっぽがっぽですねん!もん。と、いじけているわけにもいかない。市場の需要を分析し、自分の技術力を役立たせる応用力・発想力が無いと、なんか冷めた飯食うことになりそうだ。でもそれを鍛えるにはどうするの?ジュンク堂の社会科学書とかたくさん読んだらいいのかな><こうですかわかりません><

と書きつつ思った。

「それって、大学院で研究して修論書く時の悩みと似てね?今、俺同じことを別の立場から考えてるだけ?あれ?」

うん。つまり、そういうことなのだと分かった。